起業家精神育成教材「アントレの木」使用
アントレ教育カリキュラム開発


日本経済新聞 朝刊 2004年(平成16年)3月6日

起業家精神育成は幼稚園から
自ら考え実行する力を


立教大学 廣江彰教授の寄稿


 立教大学経済学部に「会社をつくる」」という起業講座を私が立ち上げたのは1998年。前年から、課題解決型の長期インターンシップも始めた。双方とも現在は他の教員が担当し、私は社会人大学院(MBA)の教育にかかわっているが、大学院の知的資源を活用して取り組み始めたのが、幼稚園から大学院まで一貫性を持ったアントレプレナーシップ教育のプログラム構築である。

 アントレプレナーシップ教育の目的は2つ。「自分で考え、提案し解決に向け行動できること」と、「生きて行くための糧としてお金の価値を知ること」である。

◆高校で実験授業
 当然、教育内容や方法は幼稚園と大学・大学院では異なる。
 そこで、まず東京都立国立高等学校で1年生4学級を対象に実験授業を始めた。文部科学省の「オープン・リサーチ・センター整備事業」の一環として立教大学が実施しているプロジェクトで、担当は新井明教諭(政治・経済)である。

 新井教諭は、授業計画で実験授業の「ねらい」をこう説明している。
 @経済分野の学習を踏まえ、創造的かつ社会に貢献できる製品やサービスを継続して提供する組織(会社)をつくる。
 A社会的な評価に耐えられるアイデアを、製品やサービスに具体化するという経験を積む。
 B授業を、環境や福祉という現代社会の課題を解決する方法を発見し、その意欲を高めるための「場」とする。

 もちろん、「会社をつくる」といっても仮想のもので、大切なのは、課題解決にとって、組織が担う持続可能な仕組みが必要であると生徒が認識することだ。

 授業は1-3月、総合的な学習の時間を使って行う。1学級42人を7チームに分け、1、2月は、実際に環境・福祉関係の企業経営者から話を聞き、ビジネスを行うことの厳しさと意義を学ぶとともに、チームごとに社長役を選んでアイデアをねった。ここで固まったアイデアを、1ヵ月かけてコンセプトに高め、3月末に生徒が一堂に会して仕上げの発表会を行う。この間、担当教諭はもちろん、経営者や私が相談役となる。

 生徒にとっては、自分で課題を見つける、チームとして結果を出さなければならない、など慣れない授業である。だから教員の準備が重要になる。クイズ方式を活用し、「4人家族の出す家庭ごみの平均処理費用は?」など、数量で環境問題を考える必要性に気付かせるのも一例だ。アイデアは知識を総動員しなければ生まれないが、単に知識を集めてもビジネスアイデアになるわけではない。そこで問題解決の方法として、生徒にブレーンストーミングや、カードを使った「KJ法」を行わせた。

◆現場感覚を生かす
 生徒たちのアイデアには、現実社会から自ら問題を見つけ出すことへの戸惑いと、自分の知識や経験をアイデアづくりに応用することに不慣れな様子が色濃く映る。台所用コンポストなど生活感覚あるアイデアが出される一方、実感の希薄な「思いつき」にとどまっているものも多い。今後、リアルなビジネスコンセプトにどれだけ近づくかは、生徒たちの旺盛な好奇心とサポートの的確さにかかっている。

 同校の実験授業に先立ち、「アントレ教育研究会」を立ち上げた。幼稚園から大学院まで、多彩な教育の担い手が集まり、共通の理念と問題認識を探り、教育の現場感覚をいかして成長段階に応じた教育内容と方法を考え、実践・検証を通じてプログラムやティーチングノート、教材にまとめていくのである。研究会には現在、中学、高校、大学・大学院、特定非営利活動法人(NPO法人)から教育経験と意欲にあふれる方々が参加している。ただ幼稚園、小学校からの参加者がおらず、その意味では目標には程遠い。

◆問題を先送り
 近年、大学だけの努力では解決できない教育上の問題が積み重なってきている。家庭や社会との連携も不可欠である。しかし、長い教育プロセスの節目ごとに「問題解決」が図られなければ、「人が育つ環境としての学校」であることは難しい。子どもたちを進学させる努力が、現実には問題先送りとなっているからである。

 その結果、「自分で考え、実行する」ことの退行現象が目立っている。それが、企業経営者から頻繁に言われるようになった「挨拶くらい学校で教えてよ」という言葉の背景だ。挨拶の仕方は教育の対象ではない。なぜ挨拶をするのか、という社会でのコミュニケーションのあり方を考えさせ、体得させるのが教育である。

 挨拶にたとえれば、HOW(仕方)ばかりを追い、もっと大切なWHY(なぜ?)を忘れている。WHYなきHOWは自分で考えることの放棄である。自分で考えることを放棄すれば、ある意味楽になれる。なぜなら、判断を回避して他人の言うとおりに行動すればよいからだ。しかし、この関係を逆転させなければ、自分で考え実行する起業家は育ちにくい。

 本来、アントレプレナーシップ教育が目指すのは、起業を志す若者輩出のはずだ。わが国では、そうした期待と現実とのかい離があまりにも大きい。起業を目指す根が枯れかけているのに、どうして起業の花が咲くだろうか。

 私たちのアントレプレナーシップ教育のねらいは「自分で考え、実行する」ことの大切さ、面白さを経験させることにある。その経験が、生きることの実感と、よりよく生きるためのスキルを持った若者を育てる。起業家はその中からようやく育つのである。