アントレプレナーシップとは
アントレプレナーシップ(entrepreneurship)は,日本語では「起業家(企業家)精神」と訳されることが多く、起業する人に特有の資質であると誤解されがちです。しかし、実際は、新しい事業を創造しリスクに挑戦する姿勢であり、あらゆる職業で求められるもので、精神というよりは「起業家的行動能力」と訳すことが、より基本概念に近いと言えます。
その語源は、フランス語のentrepreneurから来ており、東西貿易が盛んであったマルコポーロ時代に生まれたentreprendreという動詞から派生した言葉で、「仲買人」を意味していたと言われています。そしてそれを、経済学者シュンペーター(Shumpeter,J.A.)が「イノベーションを遂行する当事者」を指す経済的用語として定義し、経営学者のドラッカー(Drucker,P.F.)が、「アントレプレナーシップという言葉は、経済の世界で生まれはしたものの、経済の領域に限定されるものではない。人間の実存に関わる活動を除くあらゆる人間活動に適用される。」「イノベーションとアントレプレナーシップの原理と方法は,誰でも学ぶことができる。」「社会的機関も,むしろ企業以上にアントレプレナーシップが必要である。」等と述べて、その概念を一般に広めました。
そして、ここ数年、日本でも、イノベーションをもたらし新しい価値を生み出す思考・行動要素として、アントレプレナーシップが頻繁に言及されるようになり、大学の経済・経営学部等を中心に、アントレプレナーシップのコースが出来て来ています。しかし、残念ながら、日本は、他国と比較すると起業率やアントレプレナーシップの素養を持った人材が少ないことがGlobal Entrepreneurship Monitor等の国際的な調査結果で指摘されており、その大きな要因として、学校教育(得に初等・中等教育)での学習経験の少なさが上げられてきました。アントレプレナーシップは、働く上でもキャリア発達の中でも重要な能力であるにも関わらず、日本の学校教育では殆ど実践がされてこなかったのです。
日本の文部科学省は、キャリア教育の概念について「児童生徒一人一人のキャリア発達を支援し、それぞれにふさわしいキャリアを形成していくために必要な意欲・態度や能力を育てる教育」ととらえ、端的には「児童生徒一人一人の勤労観、職業観を育てる教育」とすると述べています。つまり、キャリア教育は、“社会生活のなかでどのように働き生きていくかを個々人が見出す支援”であり、起業を含め多様な職業の選択肢について知ることは、進路を決定していくうえでも大切な学びとなります。技術革新が急速に進み、多くの仕事がAIやロボットに置き換わるなか、人間に求められる力も変化して来ています。若い人達が、この先何が起きても、自ら事業を起こし生活できる力を習得する機会を与えることは、私達大人の重要な責務でもあります。
しかしながら、現在の日本の教育では、個人の能力開発が中心で、他人と協力しながら新しい事業やプロジェクトを実現したり、社会問題をビジネスのアプローチで解決する社会事業を行ったりといったことを、若いうちに経験する機会が殆どありません。新しい価値を創造し、よりよい社会へと変革するリーダーには、課題を主体的に解決して事業を推進していくアントレプレナーシップはなくてはならない能力で、これは実践を繰り返して習得していくことが必要です。また、アントレプレナーシップは、教科書で勉強したり、短時間の活動を1度しただけでは、なかなか培えるものではありません。長期的な展望のもと、学習活動を継続的に行うことで、発想力・創造力・問題発見&解決能力・情報収集&分析能力・チームワーク力・リーダーシップ&サポーターシップ・コミュニケーション能力等を向上させ、いざ、本当にやりたいこと・やらなければならないことができた時に、躊躇なく行動できるようになるのです。それには、大人のコミットメントも不可欠です。
EUでは、早くから「アントレプレナーシップは、あらゆる人にとって、重要な能力の一つであり、個人の成長や、積極的な市民性、社会参画や雇用可能性を高める」として、アントレプレナーシップ教育を重要施策として位置づけ、アントレプレナーシップを備えた人材育成の強化と起業環境の整備のための行動計画を定めて、初等から高等教育のあらゆる段階での実践を推進して来ました。そして、2016年には、The Entrepreneurship Competence Frame Workとして、アントレプレナーシップの能力要素を明確にし、学校教育のなかでどのような活動を通じて育成するかのガイドラインを作成して、指導者の支援を行っています。このように、国の施策として、学校教育の仕組みのなかに組み込まれてこそ、アントレプレナーシップ溢れる人材が多く輩出される環境が整うと言えるでしょう。人を育てるには、最低でも10年のスパンで投資する必要があります。
当センターでは、日本でも、アントレプレナーシップの育成が、文部科学省の指導要領に明記され、学校教育において普通に実践されることを目指して活動しています。